「死ぬまでキャリアアップし続けて、自分で稼ぎ続けてください」生涯現役を謳う〝リカレント教育〟の正体【大竹稽】
リカレント教育の矛盾〜現役を受動苦役にさせる威圧は無用!〜
■使用目的がはっきりしているスキルや知識はいずれ早々と駆逐される
あまり聞いたことはありませんが、「彼は現役のサラリーマンだ」を英語に直すと「He is an active office worker.」になります。ここで提案です。「現役」なんて言わずに、この文脈での「active」の意味を、より人間的な「活発な、積極的な」の意味に変えてしまいまいませんか? 「彼は活発なサラリーマンだ」にするのです。生涯の決め手を、稼ぐ力やキャリアではなく、「活発さ」にするのです。稼ぐ力やキャリアなどは、オマケにしてしまうのです。
「人間は活動において、自分が何者かであるかを示し、そのユニークな人格的アイデンティティを積極的に明らかにし、人間世界に姿を現す」
ハンナ・アーレントの名作『人間の条件』から引用しました。ここでアーレントは、「労働」「制作」「活動」を人間の基本的な活動力として分類しています。「労働」は英語では「labor、「制作」は「work」、そして「活動」が「action」ですね。苦役である「労働」の特徴は「繰り返し」です。日々同じことを反復させられる。それが「労働」へのマイナスイメージを形成しています。「labor」を強いる煽り文句に乗っかっては、自分の首を絞めることになります。
個人的な動機や理念であっても、「action」は必ず周りを巻き込んでいきます。現役を引退し「余生を楽しむ」。いいじゃないですか。存分に楽しみましょう。ただその楽しみを苦役からの解放という個人的な反動に限定してしまうから、「人生100年時代」なんて、奇々怪々な文句が横行してしまうのです。
「百歳まで現役」とは、百歳でも青壮年の力を維持することではありません。学び直しを通して自分をグレードアップし続けることでもありません。使用目的がはっきりしているスキルも知識も、いずれ早々と駆逐されます。そして、それらはひたすら「passive」に使役されるものです。
リカレント教育を受講し、新しい使用目的に合わせて、自身をバージョン・アップしていく人たちの生涯は、現役どころか苦役になってしまうでしょう。それがお好みの方は、どうぞご随意に。でも、そんなアップ・アップに狂騒するのは、愚かな利益偏向の人だけにしておきましょう。私たちが「あっぷあっぷ」することはありません。スキルは駆逐されますが、知恵と体験はちゃんと残ります。役に立たないかもしれませんが、ちゃんと生きています。65歳以降を高齢とするのなら、新しいスキルや知識の獲得ではなく、高齢者自身の知恵と体験の伝授・継承こそ「active」になるのではないでしょうか。
「現役」が、自分の命と身体を国益のために死ぬまで苦役に従事しろ、なんてことを意味したら笑い話にもなりませんよね。「I led an active life.」、私は死ぬときにこんな気分で死んでいきたいのですが、あなたはいかがでしょう?
文:大竹稽